遊歩道ができた。
文学館側参加者5人、博物館側2人。最高齢は70半ば(女性)。
感激の両隊合流は、かなり博物館よりの位置。
全体を歩いてみて分かったのですが、文学館側は山あり谷あり、ときに除雪車の雪煙をかぶるという障害物だらけ。かたや博物館は平坦で雪原を歩く趣き。
けれども歩きにくいんですね、博物館側のほうが。
文学館側になぜ山や谷ができるか。それは沿線の生活者が勝手にどんどん刺さりこんでくるからです。本来排雪場所じゃないところに雪積み上げる。線路にそって除雪など知ったことではないが、とりあえず自分の家から向こうにわたる道だけは作る。そんなこんなで凸凹状態。
積み上げた雪山は見上げるばかり。迂回するのもつまらない。線路にそってまっすぐの道を作る、のが趣旨ですからね。強引によじ登ります。
背丈まで埋もれるのでないか、と一抹の不安。けれども堅いんだな、これが。
こういうことです。手宮線半ば、文学館側は生活が刺さりこんでる。私たちがムリヤリ歩くまでもなく、生活者が勝手に雪を堅くしてる。見た目はよくないけれど、生活の一部になってしまっている。
博物館側は手つかずの自然ね。純潔な白雪ね。平坦で単調なようだけど、見た目より困難。
文学館側は舌打ちされかねない無秩序、みにくい。だけど生活者の痕跡がおのずとスタンスを堅めていく。
手宮線の話、っすよ。でも、この文学館が自ずから、無意識に培ってきた性格と関わりは深いな。